SNS疲れはなぜ起きる?休日にXを1時間見て脳が疲れた話

こんにちは、カーム静也です。

休日のランチ前、なんとなくXを見ていました。

きっかけは、ある業界の値上げに関するニュースです。

そのニュースに対する反応を見ていたら、同じような業界で働いていそうな人の投稿が流れてきました。

「この人、もしかして自分と近い環境の人なのかな」

そんなふうに思って、つい投稿を追ってしまいました。

見ていた時間は、たぶん1時間くらいです。

たった1時間。

でも、スマホを閉じたあと、思った以上に脳が疲れていました。

目次

SNS疲れは、見ている最中には気づきにくい

最初は、少し気になる程度でした。

手取りの話、仕事の不満、業界の先行き、会社への不安。

自分にも近い部分があったので、つい読んでしまいました。

SNSは、見始めると止めるのが難しいです。

ひとつの投稿を読むと、関連する投稿が出てくる。

また読んでしまう。

気づいたら、どんどん深いところまで潜っている。

しかも、見ている最中は少し面白いんです。

「これはわかる」

「いや、それは違うのでは」

「現場の一部しか見えていないのでは」

そんなふうに、頭の中で勝手にツッコミが始まります。

ただ、この脳内ツッコミが意外と疲れる。

スマホを見ているだけなのに、頭の中ではずっと議論しているような状態になっていました。

ネガティブ投稿は、脳内レスバを始めさせる

特に疲れたのは、ネガティブな投稿を続けて見てしまったことです。

仕事がきつい。

給料が低い。

会社の将来が不安。

業界が厳しい。

もちろん、そう思う気持ちはわかります。

実際、働いていれば理不尽なこともあるし、将来への不安が出るのも自然です。

ただ、ネガティブな投稿を浴び続けると、自分の気分まで少しずつ引っ張られていきます。

しかも、ただ落ち込むだけではありません。

自分の中で、反論や分析が始まってしまうんです。

「でも、それは少し浅いのでは」

「その考え方だと、現場が回らないのでは」

「不満はわかるけど、運用する側の視点が抜けていないか」

こうなると、もう休んでいるのか、仕事の延長をしているのかわかりません。

「調整は仕事じゃない」は、本当にそうなのか

印象に残ったのは、「調整は仕事じゃない」というような意見でした。

たしかに、無駄な会議や、責任回避のための根回しは減らした方がいいと思います。

何も決まらない会議。

誰も責任を取らない確認作業。

上に見せるためだけの資料作り。

こういうものが積み重なれば、組織の生産性は落ちます。

ただし、だからといって「調整そのものが仕事ではない」と言い切るのは、少し乱暴だと思いました。

現場を回すためには、必要な調整もあります。

人の休み。

仕事の波。

締切。

問い合わせ対応。

急なトラブル。

例外対応。

そこを誰も調整しなければ、結局しわ寄せは現場に来ます。

調整がまったくない職場は、効率的というより、現場をロボットのように扱う職場になりかねません。

問題なのは、調整そのものではなく、調整の名を借りた責任回避なのだと思います。

必要な調整と、無駄な調整。

この2つを分けずに、全部まとめて否定してしまうと、かえって現場が苦しくなる気がしました。

SNSは情報収集の場でもあり、感情の最終処分場でもある

SNSには、役に立つ情報もあります。

ニュースの反応を見たり、現場の声を知ったり、世の中の空気を感じたりするには便利です。

ブログのネタになることもあります。

でも同時に、SNSは人の感情が流れ着く場所でもあります。

怒り、不満、焦り、嫉妬、正義感、会社への恨み、将来への不安。

そういうものが、タイムラインにどんどん流れてきます。

少し強めに言えば、SNSは感情の最終処分場みたいな場所なのかもしれません。

もちろん、そこには使える情報も落ちています。

ただ、長くいると、こちらの脳まで疲れてきます。

気づけば、自分の休日なのに、人の不満や不安を浴び続けている。

これは、思った以上にダメージがありました。

スマホを閉じたあと、疲れていた

スマホを見ている間は、そこまで疲れている感覚はありませんでした。

むしろ、少し面白がって見ていた部分もあります。

でも、スマホを閉じたあと、普通に疲れていました。

体を動かした疲れではありません。

脳みそがざらつき燃えるような疲れです。

そのあと、子どもの何気ない言動にも、いつもより少しイライラが積もりやすくなっている感じがありました。

これはよくないなと思いました。

休日に休んでいるつもりで、わざわざ自分の脳を削っていたのかもしれません。

SNSを見るなら、時間と目的を決めた方がいい

SNSを完全にやめる必要はないと思っています。

情報収集にもなるし、ブログのネタになることもあります。

ただ、なんとなく開くのは危ない。

なんとなく見る。

なんとなく関連投稿を追う。

なんとなく他人の不満を読み続ける。

この「なんとなく」が、SNS疲れの入口なのだと思います。

見るなら、時間を決める。

目的を決める。

ネタを拾ったら撤退する。

それくらいでちょうどいい気がします。

僕はXをすぐ見られないようにしている

僕は、Xをすぐに開けないようにしています。

iPhone上で見えにくくしたり、ホーム画面から遠ざけたりして、無意識に触らないようにしています。

これは、自分の意思が強いからではありません。

むしろ逆です。

見始めると止まりにくいとわかっているから、最初から距離を置くようにしています。

SNSは無料で見られます。

でも、無料だからといって、コストがないわけではありません。

時間も使います。

気分も引っ張られます。

脳の体力も削られます。

スマホ時間を整えることは、暮らしを整えることにもつながるのだと思います。

まとめ:SNSはネタの畑。でも長居はしない

休日にXを1時間見ただけで、思った以上に脳が疲れました。

SNSには、役に立つ情報もあります。

ブログのネタになることもあります。

でも、ネガティブな投稿を浴び続けると、気分や集中力が少しずつ削られていきます。

SNSはネタの畑でもある。

でも同時に、人の不満や怒りが流れ着く場所でもある。

だから、拾うものを拾ったら、長居しない。

それもまた、穏やかに暮らすための生活防御力なのかもしれません。


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